1993
最初の正行寺講演
1994
第九回ロンドン会座講話
1995
禅ガーデンの創造
1997
正行寺の未来について
1997
三輪精舎石庭
1998
教育について
1999
初期仏教と現代科学
2000
出会いの三輪精舎
2001
現実の出会いについて
2002
無執着について
2003
空について
2004
禅と庭園の創造
2005
逆説について
2006
阿弥陀仏の 第十八の本願から 生ずるもろもろの反省
2008
現代科学と根本的仏教思想
2009
正行寺と佛教と言語
2010
飛石と公案
2011
佛教とバガヴァド ギーター
2012
正行寺の将来について
2013
浄土真宗とプロテスタントにおける信仰による義認
2014
禅ガーデン
2015
すべての有と無の一如
2016
迷想について
2017
一如と逆説と芸術
2018
仏教と逆説と実在
2019
芭蕉について
2020
仏教と俳句
2021
阿弥陀佛と超越と他者性
佛教とバガヴァド ギーター
『主の讃歌』という意味の『バガヴァド ギーター』は、『マハーバーラタ』という大叙事詩に入っている偉大な詩であり、ヒンズー教の中心であります。しかしながら、中学生の時にこの本に初めて出会って以来、半世紀以上も過ぎて仏教経典を読み始めるまで、その理念の多くが仏教主流の中心でもあるということに気付いていませんでした。
心証としては、『ギーター』はある時点で『マハーバーラタ』に挿入された別な作品だったと思われますが、その作成が原始仏教以前であったか同時期であったかを確かに知る方法はないようです。
議論の余地もなく明白なのは、原始仏教経典に多用されているニルヴァーナ(涅槃)とかバガヴァット(主、または世尊)という用語が『ギーター』に出現しているということが、成立時期の遅さを意味するものではないということです。なぜならば、その二つの言葉は、恐らくは、いくら遅くても、紀元前1000年までは遡る『リグ ヴェーダ』にすでに現れているからです。
しかしながら、ここで大事なのは、ヒンズー教でも仏教でも、すべてのそのような書き物は、先行する数世紀間の口承の結果であったことを忘れないことです。
それ故に、私のような無知のものには、本質的にヒンズー教的である『ギーター』の中で蒸留されたこれらの中心概念が、仏教思想に影響されたものであったかどうかについて何がしかの理解を得ることが、実在の本性についての両者の観方の比較を試みる前に、絶対的に必要でした。
それ故私は、おそらく紀元前二千年の終わりか紀元前千年の始め頃の、最も古いヒンズー教の文献である『ヴェーダ』の詩句や儀規に添えられている、哲学的、精神的立言や探求の記録、初期『ウパニシャッド』に出来るだけ没頭することにして、それら初期『ウパニシャッド』が後々『バガヴァッド ギーター』において語られていることとどのように関係しているかを見ることにしました。
こうすることは、かなり賢明なことのように思えました。というのは、『ギーター』の十八章のすべてが「ウパニシャッドの一つ、バガヴァッド ギーター、この聖なる書には、かくの如く…..」という言葉で終わっているからです。
この冒険心がいかにおこがましいものであったとしても、仏陀の出所となっているヒンズー教の思想世界について私が学んだところの内容は、まだヒンズー教に精通してはおられない方が皆さんの中におられるとすれば、多分そういう方々は興味をもたれるだろうとも思いました。
私はこの講話の間、1935年に出たシュリ・プロヒット・スワミ訳の『ギーター』を使ってまいります。その理由は、全く単純に、長年この翻訳に慣れ親しんでいるからであり、またその翻訳が詩的に見て質が高いからです。第二章第四十六節から始めるのが適切だと思います。
人は満杯のタンクの何処からでも水が飲めるように、優れた神学者は彼の目的に資するどんな聖句からでも話が出来る。
しかしながら私は、原典を読めない人を待っている陥穽、時には象が堕ちるに充分なほど広くて深い罠にも成る陥穽について、二年前お話し申し上げたことを忘れてはいません。
イクナス・エアスワランの1985年版では、同じ文章が次のように翻訳されています。
その地方全体が洪水になれば、貯水池は殆ど役立たないように、どこにでも主を見られるさとった人にとって、聖典は殆ど役に立たない。
サンスクリットの原典について一語一語分析している、ウィンスロップ・サージェントの2009年の優れた翻訳においては、こうなっています。
水があらゆる方向に溢れて出ている 井戸には豊潤な価値があるように 智慧あるブラーフマナ(婆羅門)にとっては すべてのヴェーダの価値は豊潤である。
しかしながら、次の四十七-四十八節になると、三種の翻訳はすべて大体一致していて、さらにその後の方では、三種の翻訳は沢山の点で異なっているけれども、お互いに矛盾していることはありません。
『ギーター』の背景は、神聖な主シュリ・クリシュナと偉大な弓の射手アルジュナの戦車が、大戦争にならんとしている二軍の間に止まった時のこの二人の対話です。
アルジュナは、敵陣のなかに整列している大勢の先生や親族と戦い彼らを殺さねばならないと考えて狼狽しており、そういう状態のアルジュナに対しては、永遠にして見るものすべてに偏在しており、殺すこともなければ殺されることもない<神霊>についての話が説かれ、正義の戦争において戦う好機を与えられた戦士としての義務を遂行するように勧励されます。
次には、先ほど引用した節にすぐさま続く第二章四十七-四十八節において、主シュリ・クリシュナはアルジュナに命じます。
「しかし、汝はただ働く権利を有するのみ。しかし、用らくのはその成果のためではない。汝の行為の結果を汝の動機にすることなかれ。そしてまた、無行為ということに魅惑されてもならない。 <神聖なるもの>を念ずるこころで、すべての執着を放棄し、成功不成功を等しい目で見て、汝のあらゆる行為を完遂せよ。」
無執着と行為のための行為は、仏陀の生涯よりかなり前に、おそらく紀元前800年から600年にかけて成立した『ブリハド アーラニャカ ウパニシャッド』や『チャンドーギャ ウパニシャッド』にすでに具体化している思想であって、この二つの概念は勿論、仏教一般の中心をなすものであり、真宗的考え方にとっても非常に特別な形で中心となっています。
この思想は『ギーター』(第二章六十四節)に詳説されており、そこでアルジュナは教えられます、
「愛着からも嫌悪からも自由になり、感覚対象の間を動く自己抑制の人、その人は永遠なる平安を克ち取る」と。
「身体的行為は、聖なるもの中心の知性よりも劣る」というシュリ・クリシュナの断言(第二章四十九節)に触れながら、アルジュナは尋ねます(第三章第一節)、
「わが主よ!もし智慧が行為よりも上ならば、どうして主は私にこの恐ろしい戦いに従事するように助言なさるのですか。」
これに対する答(第三章三‐五節)として、アルジュナは教えられます。
「既に言ったように、この世には二つの道がある….. 観想する人々にとっての智慧の道と働く人々にとっての行為の道がある。 何人も行為を止めることによって活動性からの自由を得ることは出来ないし、また単に行為することを拒絶することによって完全なものには到達できない。 人は一瞬たりとも本当に非活動的には留まれない。なぜなら、<自然の本性>は、好もうと好むまいと、行為することを余儀なくするからである。」
三節後で、シュリ・クリシュナは続けます、
「指示されたように汝の義務を遂行せよ。なぜなら、義務のための行為は、無-行為より優れているからである。」
ここでまた、行為のための行為について長々と続く章句には、仏教の「活動的」諸流派との密接な関係が見られます。その活動的な諸流派の中でも真宗は、親鸞聖人の「自利利他」の絶えざる強調という点から見て、卓越した模範例です。
主シュリ・クリシュナは、次にアルジュナに対して(第三章十七‐十八節)、最初期の『ウパニシャッド』に始まって以来果てしなく反復されてきた訓戒を反映するような言葉でいいます、
「他方では、<我>を観ずる者は、<我>に仕えることに満足し、<我>の内に満たされて安らぎ、それ以上に成し遂げるべきものはない。 その人は、行為の遂行や非遂行によって得るものは何もない。その人の幸福は、この世の被造物がなし得る貢献に依るものではない。」
最初期の『チャンドーギャ ウパニシャッド』に指摘されているように、
「この世での尽力によって得られたものはすべて滅亡するように、次の世のために地上での犠牲やその他の善行で獲得したものもすべて滅亡する。」
真宗信者にとっては、それは「他力」に当たるものであり、<創造主>なる<我>への専念ではなく、念佛による阿弥陀仏とその浄土への専念が、これに該当しているところであって、これらの言葉は『小スクハーヴァティーヴューハ』(『小経』)の中のあの重要な文章を予示するものです。
「衆生は、現生で行ずる善行の報酬として阿弥陀如来の仏国に生まれるのではない。」
仏教の中心にあって、最もよく知られている二つの重要な概念、釈迦牟尼仏陀によって修正されさらに発展せしめられた<転生>の概念と<業>の概念は、『アイタレーヤアーラニャカ』のような最初期の『ウパニシャッド』や、もっと明瞭に定義された形を取ったものとしては、『チャンドーギャウパニシャッド』や『ブリハドアーラニャカウパニシャッド』にその起源を持つのです。
事実、後者において、業の思想は明らかに、入門者だけに伝達される新しい秘密の教義と考えられています。
ヴァグナヴァルキャは(ガラトカラーヴァ アルタバーガに)『友よ、私の手を取りなさい。私達だけがこれについて知るだろう、この私たちの問いを公に(議論)してはならない』と言った。その時この二人は出て行って議論した。彼らが話したのは業(行為)であり、彼らが讃嘆したのは業であり、つまり人は善い行為によって善くなり悪い行為によって悪くなるということであった。」
その後、プラヴァハナ・ガイヴァーリ王は、少年スヴェタケトゥ・アルネーヤに、人間はどのようにしてこの世に帰ってくるかを知っているかと尋ね、少年が知らないと答えると、王はいう、
「お前もお前の祖先たちも、自分たちのことで気分を害さないでくれ、なぜならこの知識は以前はどんなブラフマナ(婆羅門)にもなかったからだ。しかし私はそれをお前に話そう」と。
『チャンドーギャ ウパニシャッド』には、転生と業に関連して、次のようにいわれています。
「これを知るものたちよ(たとえまだグリハスタス<持ち家居住者>であろうとも)、そして森において信仰と禁欲生活に従うものたちよ…… 一人の人がいるのだ、人間ではない人が。 彼は皆をブラーフマン[宇宙の究極の真理]に導く。これは天人達の道である。 しかし、村に住みながら、犠牲(の人生)、公益事業、慈善行為を実践する彼らは…..月に行き…...彼らの仕事が消耗し尽くされるまではそこに住んで、来た道を帰る。」
そこでは、もし彼らの行為が善いものであったなら、彼らはすぐさまに、ブラーフマナ(婆羅門)のようなよい生まれを得て、もし悪いものであったなら、犬や豚のような悪い生まれを受けるのです。
『ブリハドアーラニャカ』は、同じ考えをもっと簡潔に述べています。
「森にあって信仰と真実を賛美する人達は光へ行き…..霊が近付いてその人たちをブラーフマンの世界に導き…..彼らは帰ってこない。」
後に『バガヴァド ギーター』に反映している、森林における孤独な瞑想と禁欲の優先性は特に興味をそそる点であるが、一方ではまた、真宗信者にとっては、法然上人や親鸞聖人の時代の二千年も前の非常に異なった状況のもとではあるが、これら二つの『ウパニシャッド』に見られる信仰の役割の強調は特に興味深いところである。
『チャンドーギャウパニシャッド』は次の如く簡潔に述べている。
「人は信ずれば、会得する、信じないひとは、会得しない。しかしながら、この信仰を私たちは理解したいと思わねばならない。」
これら二つの『ウパニシャッド』は、紀元前五、六世紀の都市化の進展に先行するもので、どちらとも牛の放牧の世界や村々や森を映し出しており、『アーラニャカ』という言葉そのものは「森林の」という意味です。
財産も社会的責任もない簡素な出家生活を送るためにこの世を捨てたシュラーマナ(沙門)の文化が発展したのはこういう早い時期からです。
ブラーフマナ(婆羅門)というのは、釈迦牟尼佛に親しい人たちで、かなりのブラーフマナが釈迦牟尼仏の教えを受けて回心していますが、この正統のブラーフマナとは対照的に、シュラーマナ(沙門)というのは、釈迦牟尼佛に従い、その周りでその教えを聞いて、経典が語るように、仏弟子となった何千人ものビクシュ(比丘衆)、そのビクシュに先駆けて存在しビクシュの前触れとなった人々でした。
それは勿論、後に仏教的生活が展開する拠点となった、大きな僧院の形成より遥か前のことで、やがて仏教の誕生を見ることになる純然たる春の芽生えの時期でした。
実際、釈迦牟尼佛ご自身、まずは六年ほど森林で極端な苦行者として暮らし瞑想し、やがてそれが涅槃に至る道ではないと決定して、さとりを得られた後、活動的な布教の生活に入られたと言われています。
『ヴェーダ』の中でも最初期の『リグ ヴェーダ』には、さまざまな神々への讃歌に混じって、一つの注目すべき短い「創造讃歌」(『リグ ヴェーダ』第十章一二九節)があって、そこには沢山の逆説と答えをもたない答えの不可能な問があって、後に出てくる仏教の世界と共鳴するものがいくつかあります。
「その時は存在もなければ非存在もなかった。…….この創造は何処から来たのか。神々はこの宇宙の創造と共に、後から来たのである。創造が何処から来たかを、では誰が知っているのか。 この創造がどこから来たのか---おそらくは自然に出来たかもしれないし、そうではなかったかも知れない---最上の天でこれをみそなわす者、その人だけが知っているか---あるいは知らないかもしれない。」
この話を用意し始めてた二年前にこの句に出会った時、私はとても驚きました。
その上、かなり後になるまで、このような『ヴェーダ』の信奉者たちとは別に、実在は五感で認識できるものだけだと信じている唯物論者もいることを、私は理解していませんでした。
仏陀の時代においては、「創造讃歌」において提起されているような質問が、明らかにまだ取りざたされており、特に全能なる創造主の存在を否定したサーンキャ哲学の観点から取りざたされていました。そのサーンキャ哲学というのは、『バガヴァッド ギーター』が挿入されたとされる『マハーバータラ』中に記録された議論においてその役割を果たしています。
この大叙事詩中の主要人物の一人、ビシュマは、数百年前の『タイテリーヤウパニシャッド』に目立って現れる二人の聖者、バラドゥヴァイとブリグ、この二人の間の長い会話を物語るのです。
バラドゥヴァイは、宇宙<我>とか、永遠の魂とか、アートマンというようなものはあり得ないのだと力強く論じ、ブリグは、宿の主人である体は破滅しても内在する自己は不滅であると、負けず劣らず力説します。
『マハーバーラタ』本体においての非常に妥当な結論は、いのちあるものの行動に関する限り、あれやこれやの形而上学的な位置付けが妥当かどうかについては最終的決定を要しないということになっており、これに対して釈迦牟尼仏陀は繰り返しいかなる意味の自己も存在しないと主張しています。
『ギーター』においては、大文字のSで書かれる宇宙的<我>でも小文字のsで書かれる個々の我でも、その存在の不確実性の仄めかしは全くなくて、おそらくは紀元前五百年から三百年頃かそれよりもう少し早くの『イ-シャウパニシャッド』においては次のように論じられています。
「自分自身の我の内に一切の存在を見て一切の存在の内に自分自身の我を見るものは、その経験によっていかなる嫌悪も蒙らない。 一切の存在が自分自身の我と一つに成ることを知っているものは、どんな悲しみや思い違いに圧倒されようとも、存在の一如性を見たのである。」
このテーマは『ギーター』(第六章二十九‐三十節) に取り上げられていて、シュリ・クリシュナはアルジュナに言います。
「いのちの一体を経験するものは、一切の存在に自分自身の<我>を見、自分自身の我の内に一切の存在を見て、一切を公平な目で見る。一切の内に<私>を見、<私>の内に一切を見る人、その人を私は決して捨てないし、その人が<私>を失うことはないだろう。」
釈迦牟尼仏陀がそこに生まれてそこから出てきた『ウパニシャッド』のヒンズー世界には、まさしく存在するもの一切の一如という主張があり、それは私が頻繁に強調してきたように仏教の根本的な教義の一つであります。
最も古い『ウパニシャッド』の一つであり、『リグ ヴェーダ』の『アイタレーヤアーラニャカ』の部分である『アイタレーヤウパニシャッド』において、そしてまた『ブリハドアーリャナカ』と『チャンドーギャウパニシャッド』において、明らかにされているように、<我>は宇宙の創造者であり、まずはそこに牛を住まわせ、次に馬を住まわせて、最後に人を住まわせるのです。
「ただ<我>のみ、確かにこれが始めにあって、そのほかには何も動いていなかった。彼は、彼は<さあ、世界を創ろう>と思った。」
これは、アルジュナが(第四章三十八-三十九節)主シュリ・クリシュナとして認識した<我>であります。
「汝、創造の力より偉大な至高の<我>、第一原因、無限なるもの、主中の主、世界の故郷、破滅なきもの、存在であり非存在でありしかも両者を超えているものよ。 汝は最初の神であり、太古なるものであり、この世界の最高の住居であり、知者であり、最後の家である。汝は一切に満ち満ちている。汝の形は無限である。」
これは、シュリ・クリシュナの前の宣言(第七章第六節)に対する応答であり、後続する諸章において様々な形で反復、詳述されています。
「…..なぜなら私は世界を創造し世界を解消するだろう者だからである。」
ついでながら、それは、うようよと沢山いるヒンズー教の神々は、ほかならず、唯一の包括的な<我>ブラーフマンの放射、人格化、もしくは特殊面であるという、普通はしばしば誤解されている事実を明白にするものであります。
釈迦牟尼仏陀にとっては、始めなく終わりなく一切である世界、そこではすべての存在現象が無常であり、絶えざる変化に晒されているその世界においては、創造的神とか、宇宙<我>とか、また永遠な破壊されることなき自己とか魂とか、そういうものを容れる場はありません。
『ヴァグラケディカー』つまり『金剛経』においては、自己という概念そのものが完全に消え去り、仏陀は、第二章において、菩薩について次のように言うと言われています。
「{菩薩は}…… 原因という観念さえも信ずべきではない。」
これは、正しいか間違っているか解りませんが、ヒンズー教の第一原因や創造主の信仰への反対意見を意味するものだ、と私は想像します。
第三章においては繰り返し、如来は、その偉大な弟子、スブーティ(須菩提)、千人余の比丘の会衆、多数の「高貴な心の」菩薩衆に対して、次のように宣言する、といわれています。
「…..存在とか、有情とか、人という概念が自分の内にあるものは、菩薩とは呼ばれない。」
後にスブーティは、十四章において、法論を学ぶ人たちに関して、この声明を詳説する。
「しかし、世尊よ、彼らの内には、自己に関して、存在に関して、人に関してなんらの想も生じないでしょうし、彼らにとっては想も非想も存在しません。どうしてか?世尊よ、それは自己についての想は、非想だからです。どうしてか。神聖な仏陀達は、あらゆる想念から自由だからです。」
いかなる形の自己の概念も九回にわたって繰り返し否定された釈迦牟尼仏陀の否認の並々ならぬ力強さ、この否認はスブーティによっても三回繰り返されるのですが、これは多分、『ウパニシャッド』における永遠な<自己>と宇宙の創造主ブラーフマンの途方もない強調に影響されたものでしょう。
最初期の『ウパニシャッド』以来常に主題であった、存在するもの一切の一如ということは、仏陀によっても、より力強く、より明確に断言されていますが、対照してみると、創造主を意味するものであれ、アートマンを意味するものであれ、それに付随していた<自己>という概念からは明らかに絶縁しています。
釈迦牟尼仏陀にとっては、存在するもの一切の一如は絶対的です。
しかしながら、或る仏教宗派の内にある、もし到達結実し得るならば、一切衆生には仏性が本来内在しているという観念が、ある程度は初期『ウパニシャッド』に予示されているように見えるし、随分後になってからではあるが、『カイヴァルヤウパニシャッド』においておそらくは最も明確に表現されているということは、非常に興味深い。『カイヴァルヤウパニシャッド』はこう言っています。
「最高のブラーフマンであるところのもの、宇宙を支える一切のものの自己、捉え難きものより捉え難きもの、それだけがあなたであり、あなたはそれだけである。」
ところで、法は『ウパニシャッド』や『ギーター』にも出て来て、霊の放射として叙述されている概念であり、仏陀は再三再四『ヴァグラケディカー』つまり『金剛経』において法についてその偉大な弟子に語ります。
「スブーティよ、如来によって説かれる法論は、不可思議にして比較を絶している。」
他の場合には、法のことを「不可思議にして表現しがたい」と述べておられます。
この立場は、多分紀元前六百年から五百年頃の『ケーナウパニシャッド』に明瞭に予示されており、そこでは最高の<自己>を大文字のIの<It(それ)>で表現し、次のように述べています。
「理解していないと思う人は<それ>を理解している。理解したと思う人は<それ>をまだ理解していない。本当の師にとって、<それ>は知られざるものであり、無知なものにとっては、<彼>は常に知られている。」
もっと早い時期の『ブリハドアーラニャカ』においては、「その自己は、否、否で語られるべきである。彼は不可思議である、なぜなら思議し得ないからである」と言われています。
沢山の重要な連続的要素があるにも拘らず、永遠な魂、分離した個別の自己という概念の否認と共に創造者という概念も否認することによって、どれほど徹底的に仏教が先行するヒンズー世界観の主流から分かれて行ったかが、なお一層明瞭になります。
しかしながら、そのような深遠にして広範囲な方向の転換があるのですから、不可解な神秘というものがすべての偉大な世界宗教の重要な部分でありすべての宗教に内在するものであるということを思い出すことがなければ、輪廻転生というヒンズー教の概念が(仏教内で)保持されているのは、何か疑わしいことのように思われるかもしれません。
その上、すでに見たように、仏陀は、現実の中心には理性や知性を超えたものが存在するということを、それ以上の説明なしに、決然たる態度で、本当に力強く、繰り返し断言しました。
『ギーター』に関する限りは、哲学的な言葉においてだけでなく、精神的な実践に関しても、それは出家の托鉢する比丘衆と初期の森林に住む苦行者の世界を反映していました。公平無私な行動の道と平行に、『ギーター』(第六章 十-十二節、十四節)は、いかに孤独な瞑想の生活をおくるべきかについて特別な助言をします。
「霊性を学ぶ人には絶え間なく心を集中せしめよ。隠遁して、ただ独りで、心と人格を制御し、欲望を離れ、無物で暮らさせよ。 聖なる場所を選んで、高からず低からざる座に、草、鹿皮、もしくは布の敷物を敷いて、安定した姿勢で、座らしめよ。 このように座って、心を集中し、機能を制御し、感覚を統制して、低い本性の浄化のために、瞑想を実践せしめよ。 心安らかに恐れを持たず、禁欲の誓いを守り、心を制御して<私>に定め、<私>の観想に没頭せしめよ。」
一方ではわがままと物質主義、他方では極端な苦行、この二つの間の中道を仏陀が唱導したことは、色んな意味で『ギーター』の全体的傾向と調和している。『ギーター』は、心身鍛錬の必要を絶えず強調すると共に、極端な苦行を激しく非難して、苦行に没頭している人々について宣言します (第十七章六節)、
「彼らは愚かである。彼らは身体器官を痛めつけ、中に住む<私>をも攻撃する。彼らは邪悪に専念しているのだと知れ。」
しかし、原始仏教のインドは、諸王とさまざまな宮殿とあらゆる種の宝物集積のインドでもあった。仏陀の父親は春と秋と雨季の年間三季節それぞれに合う宮殿を持っていた王であり、仏陀自身、その国の王子として人生を歩み始めたといわれています。
インドの社会的状況のこのような側面を配慮に入れさえすれば、二種の『スクハーヴァティーヴューハ』(『大経』と『小経』の梵本)の極楽国土の描写の多くの要素は、なんとか理解できるように成ります。
有り余る自然の美に加えて、例えば『大経』に以下の叙述のあることを学びます、
「アーナンダよ、木のいくつかは、根はダイアモンド、幹は金、枝は銀、小枝はエメラルド、葉は水晶、花は珊瑚、実は赤真珠で出来ている。」
名前は別として『金剛経』にこの種の物は何もないし、数世紀後自らを釈迦牟尼佛の弟子と称する親鸞聖人は、『教行信証』(第五章の第一段)において、非常に異なった注釈を付け独特な発言をされます、
「謹んで真実の仏と真実の土を観ずれば、仏は不可思議光如来であり、土はまた無量光明土である。」
実際、私は、これらの宝石を鏤めた叙述が、かつては王子として生活した人、仏陀の世界を本当に反映しているのかどうか、あるいは、それらの経典が実際に書き下ろされる前の数世紀間に導入された拡大潤色なのだろうか、疑問を抱かざるを得ません。
このことは特に『観無量寿経』の場合に当て嵌まります。同様に宝石を鏤めた文章で有名な『観無量寿経』は確かに、控えめに言っても、厳密に仏陀の滅後数百年して大乗仏教の時代に編集されたものです。なぜなら、仏陀は三度までも浄土往生を「大乗経典を学び読誦する人々」と関連付けていると言われているからです。
このような問題への実現不可能な解答はどうであろうとも、説明しがたいものを信心深い人々に納得してもらうべく説明したり、天国とか、楽園とか、本当に、<極楽>とか、そのような表現しがたい精神的概念に対して解り易い表現を与えたりすることは、圧倒的に物質的な言葉を使うのでなければ殆どの場合不可能に見えるものだったというのは、宗教の歴史の皮肉の一つです。
仏教徒にとっては、そのようなことはすべて、厳密には迷いの世界に属することであり、ここでもまた(第七章十四-十五節)、『バガヴァッド ギーター』のヒンズー教の神、主シュリ・クリシュナには、何か言うことがあります。
「本当に、<良質なもの>に現れている<神聖な幻想的現象>は、乗り越えがたいもので….. 罪人、愚者、卑劣漢、幻想の魅惑によって霊的知覚を奪われた者、こういう者の誰も<私>を見出すことはないだろう。」
私は一貫して『ヴェーダ』や『ウパニシャッド』の古代ヒンズー教を参照してきました。この古代ヒンズー教の伝承は本当に非常に忠実に『バガヴァッドギーター』に反映されているように見えます。そしてこの『バガヴァッドギーター』は、仏教に先行するものであったにせよ、原始仏教と平行して生まれたにせよ、原始『経典』に記録されている仏教、あるいはそこから推定できる仏教とはかなり違います。
これらのことは明らかに、仏陀が新しい宗教を創造しようと思っていたのではないということ、言い換えるならば、仏陀は実際、仏陀の時代の二つの主要な宗教グループ、ブラーフマナ(婆羅門)と独りで苦行するシュラーマナ(沙門)のようには、哲学的議論に参加しようとはしなかったことを示しています。後者シュラーマナは4つの流派に別れ、六十以上の哲学的系統を生み出したと言われています。
『ギーター』の著者はこの状況をよく自覚しており、シュリ・クリシュナは早い時期に(第二章五十二-五十三節)明確に宣言します、
「汝の理性が迷いのもつれを渡りきった時、その時汝は今まで聞いたことのある哲学に対しても、これから聞くかもしれない哲学に対しても無関心に成るだろう。 聖なる文書の多様性に惑わされていた知性が、<無限なるもの>の楽しい観想において平然と立てるなら、その時汝は<霊性>を得たのである。」
多くは非常に古いもののように見えるパーリ聖典『スッタニパータ』の一部である『アッタカヴァッガ』において、論争者を非難する四話の一つ、『パーラマッタカスッタ』は、宣言する、
「故に、比丘衆をして、所見、所聞、所思に、あるいは、徳や聖行にも、依存せしめるな。」
この講話の草稿ではイタリックで書いた最後の六字は、古代の『チャンドーギャウパニシャッド』を回想せしめ、親鸞聖人と真宗を予期させるものです。
その意図するところは、その経典の最後の第八節において次のような言葉で確認されます。
「ブラーフマナ(婆羅門)は、徳や(聖)行に依らない。彼の岸に渡ってしまって、そのようなブラーフマナは帰ってこない。」
ここお寺においては、この引用が多分終わるに善い場所だと思うのですが、ご存知のように私はいつも喋り過ぎで、ヒンズー教と仏教の取り留めもなく続く歴史について私が今までに学んだことの結果として、ここで私はお喋りを続ける代わりに、あなた方に一篇の詩を朗読したいと思います。この詩は私が数年前に書いた詩の延長で、それはあなた方に私の感じていること考えていることの何がしかを伝えるでしょう。
あなたと私 私たちは遠く離れていて そして非常に近い 私たちの旅する 道は すべての道の如く みずからの方向を持っている 分岐し 合流し しかしまた 分岐する ように見える けれどもすべての道は 一つだ 無始から 無終へと 導く 永遠の道 私たちを いつもいたところに 連れ戻し 現在の私たち 過去の私たち 未来の私たち その一切を 成就する
Talks at Shogyoji
by John White